そんな毎日を流れてゆく

 変わったこと、変わらないこと。

 「姿が変わろうとも変わらずに居よう」とは黄色さんが歌っていたけれど、姿はもちろん考え方やその人となりだって一定じゃなくて、常に変わっていくと思う。

 私は旦那さんが変わっても変わらなくても良くて、変わっていく彼も変わらない彼も好きでいつづける自信があるから、暫時、臨機応変に愛していこうと思っている。

 そう言う私はだいぶ変わったと思う。

 以前だったら凹むようなことがあっても比較的平気だし、自分を悪者にすることも厭わなくなった。
 中心は己であるべきで、自分がどう思うか、どう感じるかを何より大切にして数々の選択肢を選び取っていくのが正解だと、まあ、さすがに不惑も過ぎたし分かったというところか。

 誰かのせいにするのは昔から嫌いで、誰かが言ったからそれを選んだとしたら、良かったらその(指示した人の)手柄になり、悪かったらその人を恨むことになる。
 「選んだ未来なら笑っていられるさ」とやっぱり黄色さんが歌っていて、それなー。である。

 旦那さんの仕事が忙しくなって、「これは長丁場になります」と宣言されたとき、腹をくくった。

 以降は独り身のつもりで、己を労り、己を楽しませることにしよう。
 それと、旦那さんを必要以上に心配しないように。彼の「大丈夫」は、ほぼほぼ当たっている。
 私の「大丈夫」は四方八方から信用されておらず、「大丈夫って言うってことは大丈夫じゃないんだな」とさえ言われるが、旦那さんはその辺正直(というか自分の声が聞こえる人なので)信用に足る。

 旦那さんが自分の体調やメンタルを報告してくれるなら、それを信用し、自分のできることを。

 タンパク質が多め、脂質少な目、炭水化物はしっかりと、できれば胃に優しい食事を用意する。
 家の中はなるべく小ぎれいにしておく。
 家事の一切を(手を抜けるところは抜きつつ)完璧に。

 そして何より自分が元気でいること。

 友達が「一芭さんが元気でいれば、田中氏(旦那さん・仮名)は全然大丈夫だよ」と再三再四言ってくれたその言葉を信じる。

 それにしても。

 旦那さんが先日、ベッドに入っておしゃべりをしているとき、「一芭さんはきっと俺が死んだらそのことを文章に書くだろうから、その文章が読んでみたい。俺は死んでるから読めないけど」って言っていた。

 なんだ、お前はアホか。

 少なくとも10年くらいは文章にできんよ。泣いて先へ進めない。

 ハナ(猫)が死んだときも、私はあえてあれこれ書かなかった、というか書けなかった。仕方ないよ。悲しすぎる悲しみの前には文章や思考などすっ飛んでしまう。
 どちらが先に死ぬのかなんて神様以外にはわからないことだけれど、傲慢なことを言えば、1日でもいいから私の方が早く死にたいというのが本音。
 親戚のご夫婦が、そりゃもう仲良しさんだったんだけど、奥さんが亡くなって半年後に旦那さんも旅立ってしまって。そういう死に方が一番うらやましい。
 奥さんのお葬式とか整理とか全部終わったら自分も逝く、みたいな。やらせるのかわいそうだし。

 どうなんだろ。正直、横浜って、2030年までに大地震が来る確率、90%くらいじゃん。一緒に死ねればそっちの方がいいな。そうなると、旦那さんが会社に行っていない土日に来てほしい。そんなうまいこといかないだろうが。

 とりとめのないことを書いておりますが、来週の水曜日で旦那さんと出会って9年になります。

 早っ!!

 9年前の3月17日がなかったら、私はこんなに幸せではないということでして。おそろしや。

 来年は10周年なので、もうコビットも季節性の風邪になってて(祈願)、外出もフルオープンで楽しめるといいなあ。
 そしたら、思い出の秋葉原のHUBに行きたいんだ。

 そうやって、日々は過ぎゆき、やらなきゃいけないことを後ろ回しにしつつ(あかんあかん)。

 せめて週一更新を目標に掲げようかな。ここ。

 変わっても変わらなくても、ここは大切な場だしね。

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