杳月日記

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<<   作成日時 : 2019/02/12 18:14   >>

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 旦那さんが借りた本を読みました。

 『女って何だ?』(カレー沢薫・著)


 
女って何だ?
キノブックス
2018-04-18
カレー沢薫
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 著者名を見れば一目瞭然ではありますが、フェミ本ではありません(笑)。
 カレー沢さんが「担当から送られて来る○○系女子」について書いている態の本です。
 いわゆる、「サバサバ系女子」とか「ゆるふわ系女子」とかそういうやつですね。むろん、カレー沢さんの本ですから、彼女らしい独自視点と言うか毒を吐いているように見えて誰も攻撃していないというしなやかさ。さすがです。
 私も女性として生を受け、それなりに女性社会で生きてきたので概ね異議なし。それどころか「ここ、すごい当たってる!」と旦那さんに音読する場所も多々ありました。
 ただ、「女子高、女きょうだい育ち」はなぁ…。いや…自分、三姉妹の男女比率1:9の高校卒でござんして。

 女子高はね、いいよ。まじ。最高。私は中学で完全無敵なる男性恐怖症(男性嫌悪性)に陥ったため、なんとしても女性だけの学校に進学したく両親を説得するも、上の2人の姉が私立の女子高だったため、父親から「女子高にだけは行かないでくれ」と言われ(姉2人の素行の悪さで妹が迷惑したパターン。しかも、これは「遊ぶから」ではなく、「男っけがなくなるから」という逆張りの説得であった)、高校を選べるほどの成績でもないくせに知恵を絞って男女比率が普通高とは異なる農業高校に「これを学びたいため、進学したい。ここは公立であるので負担もかけない」と男女比率の事は内緒にして進学した。出身中学校からは初めての進学者で、先生も「この学校の偏差値、よくわかんないけど、たぶん大丈夫じゃない?」というアバウトさであった。今考えると恐ろしいが、母校が馬鹿な高校で良かった。
 
 前置きが長くなったが、私は乞うて女子が多い高校に行った。1クラス約40人であるが、男子生徒は1年次は7人くらい、一人減り、二人減り、結局卒業時には男子生徒は5人くらいであったと記憶している。

 同じ学科の隣のクラスは成績も良くてスクールカーストがきっちりしていたけれど、うちのクラスは馬鹿でぼんやりした連中ばっかりで、カースともゆるゆる、「モテ系」の子達はいたけれど、要するに、「ゴリラばかりで楽だった」のである。

 そう、女子高には「いつまでたっても恋愛ネタが好き、男はすべて恋愛対象に見える(ただし妄想だけ)」「若く見えたい欲が強い」「恋愛ネタに疎く、何なら男は想像上の生き物だと思っている」とか、そういう人はいない。なにせ、ゴリラばっかりなのだ。男なぞ食えるものではないから興味ないし、みんなしてゴリラだから恋愛ネタは「今日の株価はどうだった」という話と同じくらい遠いし、それでも構わないこの密林の楽園が好き。である。

 イメージとしては「女子大」って感じじゃないかな。女子高はね、もっとゴリラばっかりだよ。大学だと他大学とコンパとかあって、共学でずっと学んだ人との差はあるのではと想像できる。ゴリラも大学生になるとニンゲンに化けなきゃいけないだろうし。高卒であれば(女きょうだい育ちの女子高卒であれば)、このような特徴にはからっきし当てはまらないし、女きょうだい育ちの女子高卒だが共学の大学に進学しても同じようにはならないと思う。
 中等部から大学までずっと女子だけの学校にいた人限定。私はそんな予感がするし、そんなお嬢様、あまりいない。
 でも、こういう女性は一定量存在するという言説もわからなくもない。

 それと、カレー沢さんは自らをコミュ障って名乗っているけれど、コミュ障の人ならば結婚できないんじゃないかしらん。それなりに円滑なコミュニケーションを図れる人なんだよ。
 と、書いたところで、我が家にもコミュ障(自称)なのに結婚した人がいた。
 自らフラグをへし折ること数回。女性と二人きりで食事に行くも、全て発展せず。それなのに特段の焦りもなく婚活も全くしていなかったが、いきなりそこの横丁から出てきた変な女に惚れられて気づいたら結婚していたという男が!我が家に!!
 まあ、うちの旦那さんは胸襟を開いた人にはよくしゃべるし、本人はユーモアに溢れた面白い人だから、知れば誰でも惚れると思うのよね。要は、その洞窟に体ごとダイブするかどうかってだけで。彼と知り合ったにも関わらずそこで関係を止めた人は見る目がなかったんだと思うし、初対面の時に「ツボな人は絶対にいるから、そういう人にはむちゃくちゃモテるはず!って、まず、あたしがツボだけどねww」って思ったしな。
 自分の事しかしゃべらない(相手の話を遮ってまでしゃべる)とか、想像力が痛ましいほど欠如しているって人はコミュ障なんだろう。初対面の人と気安く話せないとか、苦手という人は照れ屋さんなだけでコミュ障とは言わない。という気がする。

 第二部での、「女の生き方」では、「どこを通っても地獄」という明確な答えが示されていておもしろいです。こちらの方が顎がガクガク言うほど頷きながら読みました(音読回数の増加)。

 特にこの一文。

 ”ちなみに、結婚していて子どもなしで働いていない女はどうかと言うと、「じゃあお前は何をやっているの」と、何故か独身で働いていない女よりウンコ製造機扱いされる。何をやっているも何も「家事」をしているのだが、世間から見ると、子なし家庭の家事など、何もしていないのと同じことになるようだ。子どもがいないというだけで、不思議なことに家事手伝いよりも存在を認められていない”

 カレー沢さんの「自分が子どもを作らない理由」が私とほぼ同じであるため、そこに対しても親近感が爆上がりした。

 だって、なんならニートよりも地位が低いんですもの。子なし専業。
 別に子なし専業の地位向上を云々は言わないですけどね。別に甘んじて受け入れています。悔しかったら同じように仕事を辞めて家事一本で過ごしてみろと言いたいし、それを許してくれる収入を稼ぐ心根の優しい夫を見つけてみろと言いたい。そうよ、disってくるのは羨ましいからなのよ。かわいそうに(と、思うことで心の平穏を保つ)。

 常につきまとう罪悪感と共に暮らしてみたら良いんじゃ!阿呆!(こっちが本音)。

 誰かと比べても詮方なく、己の人生を生きよということですね。

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