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杳月日記
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好きなものを、好きなだけ。嫌いなことは、なるべく書かない。

寺とか本とか。仕事とか日常。ゆるゆる日記ブログです。

短歌と料理は別ブログにて更新中。
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追記

2017/07/24 11:21
 私の中にあった、33歳で死ぬという妄想はどこから生じたものか全く見当がつきません。
 誰かに言われた覚えもないし、何でそう思ったのかも、いつからそう思ったのかもわからず。

 ただ、「将来に悲劇的なことがあるんだ」という漠とした覚悟だけがありました。

 覚悟というか、「そうなるだろうな」っていうか。

 そして、その「33歳」を通りすぎた今、とても思うのは、「やっぱり33歳で一回死んで、生まれ変わっている」という感じです。

 33歳までの自分と、33歳以降の自分。

 実に、考え方やものの見方、性格などが、本当に違う。

 そして、33歳を過ぎてからの解放感。見るものすべてが新しく、「へえ〜」という嘆息に満ちていました。

 32歳で、それまでの悪行としての不倫行為を終え、今も付き合いが続く天使のような友人とリアルで出会い(それまではwebでしか交流がなかった)、33歳からの新しい人生は、それまでの重苦しく苦痛に満ちたものとは違っていました。

 確かに36歳で鬱病になり、なかなかにエグイ状態にはなったものの、それも友人のおかげで悪化せずに快復したし、それのおかげでまたひとつ知ることができたこともあったし(病を得ないとわからんものもある)、鬱病自体はつらかったけど、あれを過ぎてからは「無理はいかん」「無理すると倒れる」と学習しました(学習したんだよ?一応。まだ無理しすぎて倒れるけど・笑)。

 おかげで、暗黒の十代、二十代とは雲泥の差で三十代は楽しかったです。

 そして今。

 四十になったら、とたんに身体が言うことを聞かない!!!!(笑)。

 すぐに壊れる。これには困っています。

 そしたら、友人が「食べることも眠ることも結婚してから良くなっているのであれば、あとは仕事だ。仕事を辞めたら身体も元に戻る!!」と宣言してくれました。

 神のごとき宣託を、今は信じようと思います(笑)。

 次の転機はどこだろうか。ぼんやり44歳だと思っています。

 明日はどっちだ。


 
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私が子どもをもたない理由

2017/07/24 11:04
 Yahooニュースが別の記事のコラムを転載していて、それを読んで読みたくなったので借りてみました。
 書評だったんだけど、「へえー」って図書館で予約して、意外と早く来た。確かに私も1日で読み終わった(苦笑)。


 『私が子どもをもたない理由』(下重暁子・著)

 
 
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 ええと。内容はタイトルのまま。
 著者の下重さんが「なんで私は子どもをもたない人生を選択したか」を書いています。あと、巻末に同じように子どもをもたないという選択をした人達がインタビューに答えるような感じで「自分家の場合」を語っています。

 文中の、「なぜ、子どもを作らなかったの?」「淋しいでしょう?」と言ってくる人がいる、という現象には今のところまだ出会っていませんが、結婚した時は「子どもは?」とはもちろん聞かれました。

 しかし。

 職場では、「我が家は完全避妊なので絶対的にありえませんわーww」と3回くらい言ったら誰も言わなくなり、両親に対しては、若い頃から「子どもは作らない」と明言していたので、そよとも風が吹かず、義母からは小さく打診されたけど夫が「ウチはないから」とそっけなく言って終了。友人諸氏は私が結婚することすら天地がでんぐり返ったような奇跡が起きたと知っているため、それ以上の事は聞いてこない感じでした。

 結婚してから、何度か生理不順に見舞われて生理が遅れる時があって、最近では驚きもしないけれど、結婚して数カ月後にあった10日のズレはリアルに怖かったです。
 ネットで、「避妊 失敗」とか「避妊失敗率」とか調べまくって、妊娠検査薬まで買おうかと薬局へ行ったほど。
 買わなかったのは、高校生でも買う子がいる商品が、医薬部外品だからなのか存外値段が高価だったためで、もっと安かったら買ってみたかもしれない(ものすごい貧乏性なんです。私)。

 堕胎するか産むか。考えると気が狂いそうでした。でも、逡巡しながらも、私は「水子と生きる!!」と思ったのを覚えています。それほど、私は産むのが嫌だったのです。

 むろん、生理はちゃんと来て、妊娠はしていませんでした。旦那さんは「洩れてる訳ないじゃん」とあっけらかんとしていたので、彼の方はあんまり心配してなかったようです。
 ピルを飲むことも視野に入れたものの、婦人科の薬とは相性が悪くて以前も副作用で勝手に中断したことがあるので、ちょっとなー。って感じ。婦人科に行くのも嫌だし。とりあえず、旦那さんにしっかり協力してもらっています。

 さて、では、私はどうしてこんなに子どもを産むのが嫌なのか。子どもをもたない選択をしたのか。

 私には中学生くらいの頃から漠然とした確信がありました。

 「33歳で3歳の子どもを残して死ぬ」

 そういうもんだと思ってたんです。
 作家の津村記久子さんがエッセイで「32歳で死ぬと思っていた」と書いているのを読んで、「仲間!!仲間が!!いる!!!」と大興奮したのを覚えているのですが、私と同じようなことを思っていた人がいるらしいので珍しいことではないのかもしれません。

 とにかく、それは私には「真実」で、とりあえず、子どもは産むが、その子を残して死ぬのだと思っていました。

 30歳になり、そろそろ作らねば「残して」という子が存在しない。
 そして過ぎゆく30、31歳。
 「あー。子どもはおろか、彼氏ですらムリっぽいのに、こりゃ違うのか。子どもを残して死ぬということはないのか。じゃあ、なんだ?どういうことだ?」

 もうひとつ、自分の中にあった確信。

 「子どものことでひどく悲しい思いをするのが今回(今生)の修行」

 子どものことで一番悲しいのは先立たれることではなく、幼いわが子を残して死ぬこと。だから、私は幼いわが子を残して死ぬんんだ。

 そういう感じだったんですね。この、「今回のメイン的な命題」をクリアしなくては、次の時も同じ修行をせねばならない。もう今回でラストにしたい。次に持ち越すのは嫌だ。だから、子どもを作って子どもを残して私は子どものことで辛い思いをし、辛い経験をし、そしてこれがラストとするのだ。

 ・・・そうは問屋が卸さないっぽい。

 んじゃ、次の事は次に頑張る。ごめん、今回で終わらそうと思ったけど、宿題は果たせないみたいだから、腹くくった。子どもは作らない生を生きる。

 そもそも、「残して死ぬ」ために、子どもを産む気だったんです。だから、「次の俺、頑張れ!」って思ったら、今生の私は絶対的に嫌なんです。

 子どもを産む自分が想像できない。子どもを産むことへの恐怖心がある(自分の生死への恐怖ではない。死ぬのはどんどこいであり、むしろ歓迎する事象だから)。自分と同じようなDNA配列を持った生き物をこの世に生み出すのが恐ろしい。産んだあとの諸事(子育てやママ友との付き合いなど)が恐ろしい。

 子どもをもつことは私にとって恐怖しかない。克服は諦めた。それは次に生まれた時に頑張れ(笑)。

 さて、自分は「子どもを産まない」という選択をすると心が固まった。
 子どもがいないことでの、世の中で言われているデメリット―「老後が淋しいわよ」「面倒看てくれる人がいなくなるわよ」「自分の子どもは可愛いわよ。世界一可愛いのに、産まないなんて」など―は、まるきり痛痒に感じん。
 家族がいても、関係性が悪くて辛い人もいれば、子どもがいても先立たれたり犯罪を犯したり病になったり不仲になったり様々であろうし、介護や看取りに関しても、他人に対して金銭という報酬を差し上げてしていただくのはお互いの契約としてアリだけど、孫子に無報酬で奉仕しろというのは私は嫌だ。自分はそうしたくない。

 それから、子どもは全然可愛くない。

 小児科で18年間、来月で19年働いてきて、その一言だけは譲れない。

 あいつらは人間であり、個であり、「子ども」と言う名の可愛いだけの代物ではない。

 本書では、子どもをもたない選択をした人々が「(子どもをもつことは)子どもと一緒に成長できるというメリットがある」と言っているのも不思議でならなかったです。

 子どもと一緒に成長なんてできません。子どもは成長します。未熟なまま生まれますからね、世間で生きていくためのアレコレも覚えなきゃいけないし、そりゃぐいぐい成長しますさ。でも、別に親も一緒に成長するかってーと、別に成長せんよ。
 成長する人もむろんいて、子どものおかげでいろいろと知れたとか世界が広がったとか、そう言う人達もたくさんいる。

 でも、子育てしたからって一緒に成長できると思うな。
 まるっきり子どもと同じような親、腐るほど知っとる。おまえ、子どもに引っ張られて逆に子どもになってんじゃん、って家族、腐るほど知っとる。

 子どもが好きなら子どもと触れあうボランティアとかすればいいじゃん。養子とか兄弟の子ども(甥・姪)なんかでもいい。なんで絶対的に産まなきゃ成長せんと思ってんのか。

 産むと生まれてきたことにありがたみを感じる?
 著者も言っているが、「親が勝手に産んだ」結果が私らでしょうよ。その親を選んで私たちはこの世に生まれたとは思うけど、基本的は親の能動的な営みから生まれた命でありますから、それ以上でもそれ以下でもなく、確率的に健常者として五体満足で生まれてくる(死産等もせず)のは、確かに奇跡的で素晴らしいことだけど、私も著者さんと同様に、「なんで産んだん?」というタイプなんで、ちょっと意味がわからない。
 産まなくても、命は尊いのだと理解することはできるし、私も簡単に失してはいけないものだという常識的な規範は了解しています。

 なんかエキサイトしているっぽいので閑話休題。

 著者さんはバリキャリ同士のご夫婦で、お互いに自分の時間や交友関係を持ち、リッチで幸せな生活をしているようです。お友達の「素敵なご夫婦」もみなそういう感じで、羨ましい限りではありますが、そんな「子なし夫婦」ばかりではありません。

 我が家も、キャリアの中断が怖いから子どもをもたない、なんてカッコイイ理由ではありません。
 私は前述の通りイカレた理由で子どもは産みたくない派ですし、旦那さんも「自信がない」と言っていました。

 付き合ってまだ日が浅い内に、「私は子どもを産みたくない。でも、貴方は欲しいと思うかもしれない。だから3年だけ時間が欲しい。3年付き合ってみて、それで『やっぱ俺は子どもが欲しいな』って思ったら、私とは別れて産める人を選んでほしい。3年後でも、まだ貴方は今の私と同じ年だから若い子と結婚すれば全然大丈夫だから」って言いました(なんで3年なのかと言うと、三歳差だからです)。
 旦那さんは「欲しいとは思わないだろなー」って言いながら了承してくれ、3年経つ前に結婚しちゃって、そんときにも「3年経ってないけど大丈夫?」って笑いながら言ったら、「逆に欲しいって言われたら俺はうんって言えない」って言われて安心したのでした。

 そういえば。
 著者さんは配偶者のことを「つれあい」と書き記しており、昨今の時流に乗って、やはり「夫」とか「主人」は使わないんだな。って思いましたよ。

 私はその辺はあんまり気にならないんですが、お互いの生き方を尊重しているご夫婦ならば、やはり従うとかそんな意味が隠れているっぽい言葉よりは、人生の行き道をつれあいになった相手、という感じの方がしっくりくるのでしょうね。
 手を携えて生きていくつもりではありますが、私は夫に対して依存傾向が強いため、「主人」で全然構いません(笑)。食べること、眠ること、生殺与奪権は旦那さんにあります。いなくなったら発狂して死ぬか拒食状態になって死ぬでしょうから。

 そうそう、子どもを欲しがらない理由のひとつに、それがありますね。
 子どもに取られたくないんです。娘が「パパ大好き」とか言いやがったら、大人げなく「その人は私のものだからお前のものではない!」と言いそう。私としての理由はそんな他愛のないものだとも言えます。

 長い付き合いの中で、子どもというハプニング材料がないと婚姻は継続しにくいという話も聞きます。
 まあ、それは20代の内に結婚して、老後まで60年くらいあるご夫婦のことで、我が家は晩婚なんで、平均寿命まで30〜40年しかありません。その内、20年くらいを子育てに費やされるとしたら、夫婦二人で歩めるのは10年そこそこ。それも大いに年を取ってから。ええー。せっかく結婚したのにそれは嫌だわ。

 小児科勤務でたくさんの家族と子どもを見続けてきたので、心底「子どもはいらん」と思います。

 でも、同じように小児科でずっと働いている年下の同僚は「子どもは2人くらい欲しい」とサラッと言っているし、小児科畑でバリバリ看護師をしていた友人は40歳で双子を出産したし、保育士さん達も躊躇なく子どもを産んでいるため、私だけが「うんざりだ」と思っているようです。

 1、思春期からの思いこみによる要因
 2、仕事により、そもそも嫌いであった子どもがさらに嫌いになった
 3、経済的な理由からも子どもを産み育てることはできないと判断(これはただの言い訳である)
 4、子供を出産するということ、命を産みだすことへの根源的な恐怖

 この辺が、私が子どもをもたない理由でしょうか。
 
 その他にも。

 5、親姉親戚一同からの外圧がない(早い段階からの自己主張のおかげで諦められている)
 6、社会的同調性に対して反応が薄い(誰もがそうであるからといってやらなければならないなんてことはない)
 7、周囲に子なし夫婦がいる(姉、叔母)

 菩提寺の坊主に「次はお子さんですね」と言われたり、父方の伯母から「今度は一芭ちゃんとこが(子どもが)増えるかもしれないわね」と言われたりはするけど、本心からと言うよりは社交辞令なんだろうから、「うっせーよ、クソが」と思いながら、顔では笑顔で「うふふ」と言えばいいことくらいいい年なので知っている。

 子どもが欲しくてもできない方達は大変だろうと思う。友人も2人、不妊治療して子どもを授かった。その時は本当に嬉しかった。
 別の、子どもが欲しい友人に、子どもができたら良いと心底思う。
 欲しい人に、欲しいだけ、子どもができたらいい。
 子どもが増えることについて。私以外の人が産むことについて。それらは大賛成だ。
 
 ただ、心底から「産みたくない」と決意しているシス女性、無性別の人、性的欲求が同性にしか向かわず、なおかつ子どもを欲しいと願っていない人(ビアンさんの人工授精などは大賛成)には、「あっそうなんだー」っていう感じで接してほしい。
 こっちも産むなとは言ってないし(苦笑)。

 産むのが当たり前だと思っている人、産みたくないとは思っていない人、産みたい人、は、身体と心と経済が許す範囲で産んだらいいと思う。どれかが破たんしてもあんまり諸手を上げて賛成はできん。経済的に破たんした人が産みたいからの一心で産むとそれなりに悲劇が起こると思うから。産んだ挙句に虐待なんて、それじゃ産まない方がいいと思うもの。

 産まないことが賢い選択だと言うつもりはありません。産んだ方が良いだろうし?増えた方がいいに決まってる。

 でも産みたくない。子どもをもちたくない。

 一応、憲法では個としての自由は尊重されているので、私はこんな感じで生きています。


 最後に本書を読んでの感想。


 子なし夫婦は猫を飼うと良いらしい。実践する所存である。




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「もっとやらなきゃ」は止め時

2017/07/22 17:57
 友人に、「もっとやらなきゃ」とか「他の人は頑張ってるんだし」って思い始めたら、もう頑張りすぎている証拠だから休みなさい。と言われた。本当にその通りだと痛感する今日この頃である。

 本を読み終わりました。

 『中井久夫集・1』(中井久夫・著)

 
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 全11巻の、1巻目。先は長い(笑)。
 中井先生の全事業を年代別に昔から並べて網羅する全集を出すそうです。
 考え付いた人にはハグをしたいくらい「よくやった!!」という気持ちです。

 今回は別の筆名で書いていた論文も含めた『働く患者』がメインの内容。
 読んだことあるけど、もう1回読んだ。目からうろこが落ちた。感動した。震えた。言い過ぎではない。中井先生の文章にはほとほと救われるのだ。

 「働くこと」を具体的に考え、統合失調症を経過した(文字通り、翻弄され、戦い、くぐりぬけた)人々が、どうしていったらよいか、どう考えていくべきか、周囲はどうしたら良いか、それらがきちんと書いてある。

 私は統合失調症親和性気質ではなく、真逆の鬱病親和性気質ではあるが、これは精神を病んだことがある人全員に響く事だと思う。

 病気になったら、まずは治療を優先すること。治療と休養。「治療という大仕事をしているのだから、十分に休息するべきだ」という言葉は、鬱病で社会復帰困難者となった人、「社会に復帰することに恐怖を感じる全ての人」に声を大にして言ってあげたい言葉であり、自分自身にも言いたい。

 中井先生は精神病は誰しもが罹りうる病であり、そこが癌とどう違うのかわからないとおっしゃる。
 癌と戦う人には「休息が大事だ」と言うのに、どうして精神病の人には言わないのか。と。
 
 身体の病は心にも影響し、抑うつ状態にもなりうるが、逆もまた然りで、精神の病は身体の苦痛も伴うのです。
 鬱病だと全身が痛かったり、肩が凝ったり、身体の不具合も生じます。
 だから、身体の病気も精神の病気も同じように考えるべきだとおっしゃる訳です。

 私がアレコレ言うより、「読んで!」という気持ちしかないんだけど(笑)。

 転職における就職活動を控えている身としては、このタイミングでこの本に出会って良かったです。ありがたい。

 他者に対しては「大丈夫だよ」とか「どうにかなる」と、存外本気で思うのに、どうして自分に対しては言ってあげられなかったのだろうかと、己に謝りたい(苦笑)。

 結婚も就職も、タイミングと縁。
 最終的にはそれしかないもんなー。

 中井先生以外のハマりものと言えば、最近はツイッターで猫を見るのが日課です。

 アカウントを取ってないのに、見るだけ見てる(笑)。
 那須の長楽寺さんというアカウントで、真言宗智山派のお寺さん公式垢です。
 いえ、仏教ネタではありません。

 猫です。

 猫!!!

 このお寺さん、お猫さまが4匹いらっしゃって、お母さん猫の「みーこ(うっすら柔らかな色合いの三毛猫さん)」、青みがかった瞳が美しい、恥ずかしがり屋の息子猫「まーくん(白に青サバのブチ)」、ごはん大好き息子猫「シロくん(白に赤茶のブチ)」、そして、何より美しい、三毛娘。の「ひーちゃん(髭みたいに黒ブチがあるからひーちゃんなんだそう)」。

 私は、まーくんとひーちゃんがお気に入り。ひーちゃんが、もう、吐血しそうなほど美猫です。たまらん。美しい三毛猫、まじたまらん。

 この4匹さんが仲良しで、住職さんのご飯時にニャーニャー集まっておすそわけを貰う動画は、本当に癒しです。
 他にも、お寺に咲いている花を投稿してくれたり、控えめに言って最高。
 
 猫と中井先生に癒されながら生きている昨今でした。

 あと、友人が幸せなのもうれしい。もっと幸せになれ。

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高貴な尻

2017/07/19 20:01
精神状態も安定し、職場での雑談にも少しずつ応じれるようになってきた。

だが、まだ、面倒くさく感じることもある(当たり前)。

今日。

休憩中、折り込みチラシを見ながらの会話。


ワイ氏「あ。トイレットペーパーが安い!」

Kさん「本当ー。12ロールで199円なんて、やっすいわねー」

ワイ氏「買って帰ろ」

Kさん「ウチなんて、18ロールで980円の使ってるわよー」

ワイ氏「……(真顔)」


え。だから何?
我が家は18ロール980円の超高級トイレットペーパーを使ってるから、そんなクソやっすいペラペラのトイレットペーパーなんぞ使えん、てか。
つか、なんでそんなトイレットペーパー使ってんの?
そんなにセンシティヴな尻してんの?尻が高貴なの?
あ。痔?痔なのかな?大変だね。お大事に。
ウチは二人とも尻が頑丈だから、クソやっすいペラペラのトイレットペーパーでも平気ですわ。ありがたいことです。


と、0.5秒で考えたが、何も言えず。

会話は終了。



数十分後。自らの間違いに気づく。

そうだよ。そういう時は、「えー。Kさん家、そんな高級なトイレットペーパー使ってるんですかぁ。すごーい!お金持ちですねぇ!うらやましいぃぃ〜」って言わなきゃ。そう言えば良かったんじゃん。



だが断る!!!!
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そうしてらくになるときもある。

2017/07/15 10:58
 元同僚でアメリカ在住の友人に「仕事辞めるんだ」って伝えたら、「え。新しい仕事決めるの大変だよ」とか「どうして?せっかく長く勤めてたのに」とかではなく、「理由はどうであれ、少しゆっくりするのもよいものです」と言われ、理由を伝えたら、「ここはゆっくり休んでのんびりしましょう!」って返してもらって、なんか、「わー。優しい」って思った。

 そして、それを帰宅した旦那さんに伝えたら、「だって、貴女の友達だもの。貴女がつながっていたいと思う人なんだから。優しいよ。あたりまえじゃん」と。

 目からウロコです。ああ、そうですね。

 アメリカのAさんは、本当に優しくてとてもキュートな人です。
 幼馴染に爆弾を投げつけられ(そういうつもりはなかっただろうが)、一回爆死してるんで、ちょっと怖かったんだけど、肩の荷がまた一つ下せました。

  あんまり早い段階で「辞めます」って言うのも、なんか、変な感じがして、でも、言わないで黙ってるのも心苦しい気がして、職場の人に「なんで辞めるの?」って聞かれた時のシュミレーションを心の中で繰り返して、要するに言い訳ばかりになるから自分で自分の首を絞め続け、なんだか、辞めると決めたあとも苦しかったです。

 自分が辞めても職場は回るし、私しかしていない仕事とかあるけど、別の人もできることだし、穴をあけるとかそういうことへ対する申し訳なさは微塵もないものの(母もAさんも辞めると伝えた時の開口一番が「先生が悲しむね」だったが、それは違うと声を大にして言えるので平気である。先生は私が辞めても何とも思わんし、いないのかー程度であるとわかっているので「え。全然そんなことないし」って感じ)、変な罪悪感みたいなものは残っていた。

 それが、まあ、これだけずらずらと嫌なことばかりで職場に行くだけで体調が悪化するんだから、要するにダメだなって最近は思っています。

 「辞めるからいいや」って手を抜くことは、完璧主義者の私にはいささか難しく、仕事をサボるとそれだけで「やっちまった感」にさいなまれるので、できるだけハキハキと患者さんに寄りそって説明を詳しく、安心してお帰りいただけるよう頑張ったら、すげー疲れた(笑)。

 先週は、患者さんにマンツーマンで説明している間中、ずっと鳥肌が立ってて、「え。なにこれ。めっちゃ鳥肌立ってるやん」って不思議だった。身体が嫌がっていたのか、冷房がきつすぎたのか。たぶん後者だと思いたい。

 Kさんに対しても、会話するのが面倒だから止める。という方針を取ったはいいが、「話しませんよ。私は」という態度でいると、申し訳ない気持ちにもなるんだよね。
 けど、話をするのはめんどい。会話のお尻をうやむやにしてコチラを見てくるのとか、やっぱイラっとする。目線を合わせないようにしているが、それすらも、私が意図的にしていることで後悔というか、申し訳なさもある。
 悪循環というか、出口がない(笑)。ただひたすらストレスだけ溜まる。

 他人の気持ちにセンシティブに応え過ぎてるんかなー。
 そういう自覚はあるが。でも、そういう職場だからなー。常に緊張を強いられる職場、というか、緊張しておいた方が良い職場ではある。

 辞めようかシフトをぐっと減らそうかという話を先生にしたときに、先生から「いや、Oさんにだって夢があるかもしれないし(だから辞めてもいいよ)」と言われたのがずっと引っかかってます。

 夢…。

 夢は、子供のいない職場で働くこと。

 文章を打ったり書いたりキャプションをつける仕事がしたい。
 でも、それは趣味の範囲で良い。とも思う。だから、それができなくなるほどストレスが溜まる仕事でなければ良いと思う。

 もっと大きな夢であれば、猫を飼いたい。猫と暮らしたい。猫と旦那さんと暮らしたい。子供が欲しいという気持ちはこんな感じだろうか。
 猫と旦那さんの帰りを待って、ご飯作って、一緒に食べて、猫に「暑いねー」って言って、ざりざり舐められて、柔らかい身体をたくさん撫でてあげたい。壮大な夢だ。

 幼馴染に「職場経験が長いだけの無資格者は仕事がない」と言われて、すごく「世界」が怖くなったけど、そんな奴ばっかじゃん。つか、むしろ、転職に有利な資格(医師、看護士、薬剤師、美容師等、いわゆる食いっぱぐれのない国家資格)を持ってる人の方が逆に少なくね?今から丸の内で外資系大手企業でバリキャリやりたいってんじゃないんだから、別に普通じゃね?おばさんパートだぜ?

 と、この程度まで復活しました(笑)。

 アート系の仕事をしていて、受賞歴まである友人が、今は畑違いの医療分野で働いています。「それで良かった」と言っているのを見て、とても心強く思ったし、私も医療系にこだわらんで良いんだな、って思った。
 誰かの役に立つ仕事、私が誰かの安心を担保してあげられるような仕事、それは理想だけど、紙と向き合うだけの仕事でも別にいいもんな(笑)。

 とにかく一人でじたばたしないと先へ進めないくせに、いきなり三段跳びをする面倒な自分。

 友達はみな優しく、旦那さんはもっと優しく、私は助けられてようやく生きています。

 我慢しない。
 ゆっくり。
 直観を信じる。
 無駄を楽しむ。

 を、頑張る!!


 ・・・「頑張る」を頑張っていはいけません。
 
 
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セピアのタカハタくん

2017/07/13 14:21
 *以下の文章は全て仮名であり、実在する人物や店舗とは無関係であることをご了承ください*


 「今日は暑くなるから、実家へ行くなら迎えに来てもらいなね?」と、前日に全ての家事を完璧にこなして私のやることを消し去った夫は笑顔で出勤していった。

 確かに暑い。テレビでは雨が降るなどと言っているが、青空はピカピカと輝き、降りそうな様子は微塵もなく、朝6時の時点で台所は30度を超えている。

 さて。どうしよう。することがない。

 洗濯物を干してパソコンで用事を済ませたあと、ぼんやりと空を見た。

 そうだ。牛乳。牛乳がないから買いに行こう。そんで、ネットで見かけた氷のう。
 なんでも、100円均一店に、小さな氷のうが売られているというのだ。いいじゃん。保冷剤より水浸しにならなさそうだし、使い捨てじゃない。
 古典的でシンプルな物の方が、こういう時は役に立つ。
 激安スーパーセピアの2階にはタイソーがあるので、そこで買ったらいい。
 そんで、昨日ボーナスだったのに引き出すヒマがなかったから、下したらいいわ。
 あと、図書館。図書館で津村さんの小説を借りよう。

 というわけで、用事ができたので、夫の言いつけを破って自転車で出発。

 まずは図書館へ直行し、津村記久子さんの著作を未読2冊分借りる。ついでに、カウンター側にあった返却だなから料理レシピ本も。
 暑い日に眺めているのも一興だ。なにせ料理に対してレパートリーが少なすぎる。勉強、大事。

 その次にコンビニでボーナスを全額(100円から下は割愛)下し、封筒がなかったので財布にぎゅうぎゅうに詰めてそそくさと出る。
 いや、ボーナスと言うても、7桁も出るわけがないんで(それじゃ年収だ)、微々たる金額です。ただし、枚数がそれなりにあるので、二つ折りの財布がぎゅうぎゅう。

 坂を下り、上り、ゼイゼイしながらラブラブ☆セピア到着。

 まずはタイソー。

 ウロウロと探したら、確かにネットで見かけた氷のうが売られていた。
 よし、これに氷水を入れてアタマに乗っけておこう。ずいぶん涼しそうだ。

 さて。そんじゃ牛乳買いに行くっぺか。

 時刻は11時過ぎ。
 昨日セピアに行った夫君はタカハタくんを見たそうだ。
 なんでも、「お客様相談カウンター」に入っていたそうで、曰く、「そんな所を担当しているくらいだから、彼はやはりパート職員ではなく正社員なのではないか」とのこと。
 あのレジさばきを見ればそれも頷けようもの。つか、正社員じゃなかったらビックリだよ。逆に。

 どうだろう。タカハタくん、いるかな。

 カゴに牛乳(正しくは低脂肪乳。税抜き99円)を1本カゴに入れ、目を配ると、いた。

 タカハタきゅん(はーと)。

 平日は空いており、他のレジの方が買い物点数の少ない人や、人数が少なかったが全く迷わず、秒でタカハタくんのレジに並ぶ。

 あれ。なんだろう。妙に笑顔だ。

 クールなイメージとは裏腹に、今日のタカハタくんは笑顔であった。しかも、お客さんと何事か話している(前の前の客のため、内容不明)。
 それにしても、ウエスト細っ。尻、ちっさ。めっちゃスタイルいい。下半身完璧。
 レジを打つ流麗な手さばきもさることながら、その尻に釘付けである。ニヤニヤする頬を押さえるのが大変で、なるべく不審者にならないよう、それでもしっかりと見続けた(レジで店員さんを凝視し続けることはままある状態なので←早くして欲しい人とかね、それは失礼ながらガン見させてもらった)。

 私の前のお客さんは中年女性だった。カゴ3つ分。多い。

 多くとも、超速でカゴからカゴへ商品が移っていく。

 卵、縦に入れるんだ。やっぱり。あ、そんなものまで?ええ、そんなものまで縦に入れるの?!そういえば私のジャイアントコーン縦に入れたことあったよね!三角形の先っぽの細い所を接地面に、立たせて入れてたもんね!!

 途中、カゴの一つに2リットルのジュースを5本くらい入れた物があり、それをレジを通さずにレジ済み部分に流そうとしたおばさんに、「あ。それは・・・」と声をかけた。おばさんは、「ああ!すいません。これも(一緒に会計)です」と乗っける。

 すると、タカハタくん、めっちゃ可愛らしい笑顔で「あー。大丈夫ですよー(にっこり)」とするではないか!!

 な。な。な?めっちゃ愛想がいい。つか、笑顔かわいい。
 細い腕ながら、まくった白シャツから覗く腕が2リットルの清涼飲料水を持ちあげるとたくましく見える。

 うおおお。なんか、すごいぞ。 

 などと、興奮しながら並んでいると、タカハタくんのネームプレートに何かついているのを発見した。

 バッチ。丸い、緑色で何か書いてあるバッチ。

 これ、あ、あれじゃん?優秀社員に送られる的なアレじゃん?!

 やっぱりタカハタくんは優秀な正社員であるようだ(推定)。
 そして、ネームプレートには各々「モットー」が書いてあり、例えば、「いつも笑顔で応対します」とか「丁寧な接客を心掛けます」とか、そういう、一言メモみたいなやつが名前の右上に記されている訳だが、タカハタくんは果たしてなんて書いてあるのかと目を凝らしたところ。

 2行にわたって小さい文字で書いてあるぅ!!

 ・・・読めねえ!!!!!

 彼のポリシーはそんな数文字で表記できるほど簡便な物ではなく、もっと事細かい部分までこだわった気高い職業倫理があるのだろう。感動で泣きそう。

 と、思っていたら、前のおばさんが「割引券」を出す。
 え。セピアって割引券的な物はないはずなのに。

 タカハタくんは一瞥してレジ横からハサミを取りだし、チョキチョキ切り取って「100円のお値引きですね」と言う。残りの100円引きと書かれた紙片を手渡すと、「これ、また使える?」「あ、はい。2000円以上お買い上げいただきますとお使いになれますよ(にっこり)」。

 そういうの。あるんだ。
 
 おばさんが1万円札を出してお会計。
 
 そしたら。

 「あ。ごめんなさい。お値引きするの忘れちゃった」
 「あら。いいわよー。大丈夫」
 「すいません。またお使いください」

 文章に起こすと普通なんだけどさ。言い方がすごいの。にこやかに、物腰柔らかく、おばさんに「いいわよ」って言われてからも、「ごめんなさい」って。
 「すいません」じゃないんだ。「ごめんなさい」なんだ。でも、許すよね。こんな可愛い子ちゃんに笑顔で言われたら、許すよね。
 キレる人もいそうな場面で、言われたおばさんも満面の笑みで「いいわよ〜」と去って行った。

 なんじゃ。あれか、タカハタマジック。

 すごい。レジを打ちながらもにこやかにしてて(よほど今日は機嫌が良かったのか?!)、クレームを言われそうな場面でもスムーズに納める。

 そして私の番。

 牛乳(正しくは低脂肪乳)1本だけだから、5秒くらいで終わる。

 「テープでよろしいですか?」「あ。はい!」「106円です」「・・・(106円出す)」「レシートのお返しです。ありがとうございました」「ありがとうございました!!」

 私との全会話である。

 それだけでも、とても嬉しい。

 まさに!

 タカハタマジック!!!!

 確かに、買い物に来るのはおばさんが多いのであるから、可愛らしい男の子がレジを打つというのは理にかなっているというか違うサービス的なアレというか(笑)。

 それにしても、相変わらず色が白くて腰が細かったなあ。
 変態的な目で見て申し訳ないが、まだまだタカハタくん観察は続くのである。



 
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ある一日

2017/07/13 09:47
 私は仕事。夫は休み。

 そんな昨日。
 

 朝。「暑いから」と職場まで車で送ってくれる。
 こちらが頼まなくても「え?送るよ?当たり前じゃん」と快く応じてくれる。

 私の仕事中。

 買い物を頼んでおいたら、報告のメール。

 きちんと「いつもの卵(L卵179円)より、ミックス卵(サイズいろいろ卵)が139円だったから、そっちを買ったよ」と、己で適切な卵を選び、前日に私が「ビール飲みたい!」って言っていたのを覚えておいてくれて、「氷結のカリビアンもヒート買ったよ。今晩飲んでね」と、私の好きなテイストの酒(しかもアルコール度数までチェック。弱いお酒をきちんと選ぶ配慮。むろん、「え。じゃあビール飲む?」「ええ。ビールじゃなくて弱い缶チューハイ的なんでいいや」という会話を踏まえてのチョイス)をも購入し、「タカハタくん情報」まで添えるという優しさを見せる。

 自らはカップ焼きそばを食べ、図書館(休館日であった!残念!)などで時間をつぶし、掃除、洗濯、アイロンがけはコンプリート。

 夜は職場の前まで車で迎えに来てくれ、晩ご飯の支度も私がシャワーを浴びている間に段取りを済ませておく。

 食器洗い、後片付け、私にはさせてくれず、全てやってくれる。

 テレビを見ながらダラダラしていたら、「今日もお疲れさま」と、足を揉んでくれる。

 寝る前.は恒例になっている、お腹のマッサージもしてくれて、私が眠くなるまでいろいろな話を聞いてくれたりしてくれたり。

 「おやすみ。今日はいろいろと家事をしてくれてありがとう」と言うと、「こちらこそ。今日もありがとうね。晩御飯も美味しかったね。ありがと。お仕事お疲れさまでした」と頭を撫でてくれる。



 こんな夫!!!


 夢女子小説か乙女ゲーにしか存在しないと思うだろう?!


 いるんだ!!!

 我が家に!!!!!


 現存するんだよ!!!!!



 独身の女性達よ!希望を捨てるな!!いるから!こういう人!!!!(ただしなかなかいない)。

 

 ちなみに、この日常は毎回であり、珍しいことではありません。UMAと結婚したみたいな日々です。

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