話すことと書くこと

 こう言うと、旦那さんに「またぁ~!」って言われるんだけれど、言う。

 しゃべることができる人は、文章が書けると思う。

 破綻なく他人と会話することができる人であれば、文章も喋るように手を動かせば良いだけなので簡単に書ける。と言う持論。

 なぜ口で語るときは平気なのに、文章になると駄目になるの?同じじゃないの?と思う。
 私は喋るときと書くときで同じ部分を使っているのかもしれない。指が追い付かないことは多々ある。小説とか書いていると、頭の中で勝手に喋られたりするもんだから、「待ってー!ちょ、待ってー」って追いかけながら書いたりする。
 私は。人類はみな同じだと思っていた。

 旦那さんに引きぎみに「違うよ」と言われ、違うってことを知った。

 独身時代、友達もいないため、他人と喋ることが(職場以外では)極端に少なかった。
 なので、文章にしていた。
 今は結婚して、旦那さんに対してマシンガントークしているため、書くという作業を減らしても大丈夫になった。

 やはり、そこは相関関係があって、日常的に喋っていれば文章を書かなくてもいられるし、逆に、喋ることが減ると書きたくなる。なるほど。

 ええと。旦那さんが忙しくてですね。仕事。むちゃくちゃな仕事の仕方をしていて、まあ、ダブルワークみたいになってるわけですよ。
 日中は肉体労働、同僚や部下が帰ったあとは、残された自分のデスクワークを延々しているという。毎日1万5000歩とか2万歩も歩いているのに、夜は座ってパソコンと格闘している。
 毎日晩御飯は10時過ぎ。日付をまたがないで寝られる日は平日では数えるほどしかなく、それなのに毎朝5時半起き。そのうち死ぬのではないかと心配で仕方ない日々です。

 平日はきちんとおしゃべりすることもままならず、休日は疲れ果てて寝ているため、やはりマシンガントークをかますこともままならず。

 しゃべらないので。

 今、こうして書いている所存であります。

 ネタがあるわけじゃないんだけどね。やっぱり喋らないと一定量の文章を書きたくなるんだな、私は。

 おしゃべりが好きか嫌いかで言うと、疲れるので文章を書く方が好きです。最近は喋らないモード(スヌーズ)になっているため、母が気を利かして話しかけてくれると面倒だなと感じます。駄目人間。

 メンタルは一度崩れかけたけど、持ち直しました。私がぐずぐずになっていると旦那さんに申し訳ない。
 私ができることはただ一つ。とにかく元気で機嫌よくいること。
 一人でも日々を楽しめた方が、旦那さんにとっても良いのです。知ってます。だから、旦那さんのことは血反吐が出るほど心配ではあるけれど、期限を切って腹をくくりました。

 とにかく3月末まで。そして、4月から5月まで。

 一日、一日、無事に過ぎてくれれば良い。

 つか。小説書けよ。自分。そうなんです。そこなの。そして今日も指ならしに書いたこのブログで、文章書きたい欲が満たされてパソコンをそっ閉じするのであった。


 ああ。

 iPadほしい。

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