20年以上前の話

 なんか思い立って1998年から2000年に作った自らの同人誌なんぞ読んでおりました。

 小説です。懐かしい。

 「大人の男性」「おとうさん」のイメージで作ったキャラが現在の私と1歳しか年が違わんかったり(来年は同い年だよ!)、基本が家電だったり(携帯常備ではない世の中よ!)、タイタニックごっこが流行っていたり(若い子は知らんよ!)、もう、懐かしさで目頭と鼻の奥がつーんとした。やばい。時の流れを感じる。しみじみ。

 それから、語彙が豊富で驚いたん。ちゃんと小説を書いている。えらい。今の私、語彙がまるきり消失しておる。装飾的な文章というかな。今と文体が、まあ、違う。
 ツッコミたいところは多々あれど、なかなかおもしろかったので、もっと書けよと20年前の自分に言ってしまいました。

 当時は推理小説なんぞ書いておりましてね、そんなん、今は書けるわけねーっての。

 あと、いろいろこじらせてんなーって思った。中二病的っていうか。

 肩の力が抜けたのか、毒が抜けたみたいに今はもっと気楽っていうか、何も考えてないっていうか、人生に絶望していない。これはやはり旦那さんのおかげなんだろうな。
 当時は結婚はおろか、誰か異性と付き合うことすら想像してなかったし。「好きな人」もできたことがなかったもん。初恋もまだの俺よ、今はこの世で一番大切な人のために生きておるぞ、うらやましかろう(笑)。

 料理研究家の男性が「毎日誰かにご飯を作ってもらえるなんて、どれだけ前世で徳を積んだのか(要約)」みたいなツイートしてて、なるほどと思う反面、「毎日大切な人が食べてくれるご飯を自分で作れるなんて、徳を積みまくった前世の自分、えらすぎワロタ」と思う専業主婦の私。
 
 人の考えや価値観は、時間とか経験で変わるもんだなって思う。

 あ、ちなみに、「毎日ご飯作る」って、私は仕事してないから「楽しいこと」だけど、仕事も育児もしている人がやるとなるとハードル爆上がりするから一緒にしちゃ駄目だよ。「専業主婦」を罪悪感なくできる状況に対し、私は深く「どんだけ前世で徳を積んだんだ。来世も専業主婦になれるよう、徳を積まなきゃ」って思ってるん。むろん、「専業主婦なんて社会貢献できない、自分の力も発揮できずにただ埋もれるだけの生活なんて牢獄につながれた罪人のようで絶対に嫌だ。女性は奴隷じゃない」と思う人もいることはいるんだろうから、そういう人はまたバリキャリになるなり、男性に生まれ変われるようがんばれ。

 話を戻して、20年前の自分。

 なんか、男尊女卑感が強かった(笑)。今でも「男性と女性の役割は違う」と思っているけれど(身体的な特徴などから得意なことが違うのだから、お互いに協力しあって補完し合えば良いという考えです)、それにしたって、まあまあ、やばい。

 うちは父親が「風呂」「飯」「寝る」の人で、ご飯の時に「醤油」と言えば醤油が出てきて、「空の茶碗を掲げればおかわりが出てくる」という家庭環境で育ちました。
 母親はふわふわした破天荒な人ではあるけれど、7歳年上の父の言うことや面倒は文句も言わずにすべてこなし、たぶん、そう、母が「そのくらい自分でやってよね」とか「……(むっとして)」みたいな感じだったら違ってたんだろうけど、絶対に父を悪く言わなかったから(そして両親の仲はアホほど良かったから)、それを見て育った私は「こんな男は嫌だな」とあまり思わかった。

 「お父さんは外でお仕事してきてくれる」と母が言い、家のことは全部母が。さりとて、大工仕事が上手な父は家の中での男手の必要な困りごとはサクサク片付ける(蜂の巣を駆除するとか、椅子を作る等)。父は母のことが大好きムーブを駄々洩れで、誕生日や記念日には花束かケーキを買ってくる(どちらかが私の担当になるため、「or」である)。
 食事中に美味しいものを食べて、家族で「美味しいね」「これ、好き」などと話していると、「俺もこれすごく好きだなー。でも、一番好きなのはお母さんだけど」とか言い出すようなヤツ(ヤツ、って)。
 
 亭主関白なところと、嫁大好きムーブ駄々洩れなのが同居しているという、確かに珍しい男が父親であった。

 なんだろうね、あの人。←いまさら。

 兄弟仲がめたくそ良かった父は(4人兄弟の長男)、一人っ子の母が父の物差しで言うところの「わがまま」を発揮すると、「一人っ子だからな」とすべてその言葉で受け止めていた。いやいや、あたしを巻き込むなよ。あたしは三人姉妹の末っ子だけど、姉にかわいがられた覚えなんぞない上に、ほぼ一人っ子で育ってんだっつーの。

 父が私をどう思ってるのかは知らん。別にかわいくもないのは想像に難くない。普通、末っ子ってかわいいもんじゃないの?(真顔)。

 話が逸れまくってるな。まあ、そんな感じで、初恋もまだだった私は身近な男性が父親しかいなかったせいで、奇妙な男尊女卑っぽい男の人を描いていたのではないかと推察される。

 今、私が描く男性は、ほぼ、旦那さんがモデルっぽくなる。自分を投影した子なら違うんだけど。やはり、父と旦那さんは全然違うんで。

 そう。いや、あのさ。

 私は小さいころからデブでデカくてアトピっ子で、根暗で、喋らず、感情が動かず、人見知りで、笑わず、寂しがり屋で、偏屈で、頑固で、平たく言うと何を考えているのかわからんタイプで、両親に褒められることがあまりなかった。

 母は私を否定する言葉を絶対に言わない。変なモノにハマっても、「そんなくだらない~」とか絶対に言わんで一緒になって楽しもうとしてくれるし、基本的に行動や思想を否定されたことはない。すべて「自分で選んで自分で責任を取れ」の方針。だけど、だから、特に褒められた覚えがない。否定はしないが褒められもしたことない。あ、そういえば、太ってる頃は「その服入るの?」とか体形についてネガティブなことは言われたな。あの人痩せてたから。

 父は、私がデブスなので、容姿についてからかうような発言をちょくちょくされてた。なんか知らんがデブに厳しい。あの男。嫁が痩せてるからか?くそう。

 姉たちは、それはそれはネガティブな言葉をたくさん寄こしたし、基本的には無視だし。次姉からは悪意と無視以外受けた覚えがない。

 そうやって、誰からも褒められんで育ったワイやけど、旦那さんが、言われなかった分を取り戻す勢いで褒める。

 そりゃあ褒める。褒めまくる。すごい。なにあの人。

 おおよそ、誰からも褒められることなく死んでいくだろうと思われた容姿に対しても褒めてくる。褒め褒め選手権があったらアジア大会で優勝すると思う。そのくらいのテンションで褒める。アホ、もしくはブス専、それか目がおかしい(見えていない)可能性も捨てきれんほど、こんなワイを褒めてくれる。

 軽く世界がひっくり返ってるんだ。20年前とは。

 まあ、20年前とは15キロ近く体重も違うんだけどさ。でへへ。あ、でも、朝青龍に激似の高校時代の黒歴史写真を見ても「そんなに(言うほど太ったり不細工)ではないよ」と言うから、やはり美醜の感覚が狂っているのかもしれない。

 それともミラー効果というやつだろうか。

 私は、旦那さんが私を「かわいい」と言うのの、軽く50倍は、旦那さんに「かわいい」と言っている。

 毎日言うのは当たり前。土日なぞ、目に入れば顔をなでて「かわいい」と言う。洗脳しているかのように、言う。何をしても言う。いや、だって、ほんまやもん。何をしてもかわいいんだもん。かわいいからかわいいって言うんだもん。わざとじゃないもん。

 休みの日にゴロゴロ横になっている夫君を見て「トドみたい。休みの日くらい家事を手伝ってくれればいいのに。腹が立つ」と思う嫁がいるとフィクションの世界では言うが、違うでしょ。そんな嫁、おらんでしょ。

 みんな私みたいに、「ああ、ゆるんでる…かわいらしい…こんなゆるゆるの夫君を見られるのは、あたしだけ…うふふ…」って思うでしょ。横になっているから、上目遣いに見られたりすると「ぎゃー!なに!かわいい!」ってなるっしょ。

 嫁は嫁の特権を尊ばなくてはならぬ。脇毛が見れるのも、寝起きが見れるのも、すべては役得なのじゃ。

 こんな感じで平和に暮らしていると殺人事件なんぞ書けないわなー(ぼんやり)。
 
 2000年以降、小説も書かず、同人誌を作ることも辞めた。
 それが、2018年に突然書くことになり、また最近ぼちぼち書いている。

 語彙力は乏しくなり、推理小説などの凝ったものも書けなくなった。いろいろと日和ったし、ふわふわしている。

 でも、今現在は20年前よりも幸せだ。なるほど、そんな小説を書くのも悪くない。

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