noteが小説置き場になっている…

 今年からはじめた「note」というブログ。
 一昨年書いた小説を小出しに貼っているので、なんだか小説置き場になってしまった(笑)。
 
 そして、3人でも読んでもらえると嬉しいという発見が。

 身内(字義通り身内である旦那さんや母親)と友達にしか読んでもらっていなかったので、見知らぬ誰かの目に留まるのはやはり嬉しいものなのだなあ(遠くを見つめて詠嘆)。

 そもそも、小説って誰でも書けると思っているのですよ。

 百発百中「それは違う」と言われるけど、違くないよ。誰でも書けるし、書けることがすごいってこともない。

 「上手に書ける」のはすごいけど、「小説を書ける」のは全然すごくない。

 私は器用貧乏っていうか、一通りのことは何となく適当にこなせてしまう。

 小説を書くことも、文章を書くことも、絵を描くことも、手芸や料理、パン作りやお菓子作りなんかも、全部、「苦もなくできる」。

 でも、それらは全然上手じゃない。

 それらを上手にする人達はたくさんいて、その人たちからすると「できない人」。できない人からすると「できる人」。

 そのあたりにいる、「なんとなく及第点はもらえそうなレベル」って悲しいよね。つらたん(笑)。

 でも、「ひとつの能力をすごく図抜けて向上させることができる魔法」があったら、私は歌が上手く歌えるようになりたい。次点で絵だな。

 例えば、東京カランコロンのせんせいのように、例えば、椎名りんごさんのように、例えば、宇多田ヒカルさんのように、あんなふうに自分が出したい音をサラッと出せて、ものすごく上手だったらとても気持ちが良いだろうなって思う。

 ええ、音痴なんですよ。えへへ。

 そして、自分で曲が作れたらなお最高。自分で作った歌を上手に歌えるとか、まじ神だよね。それが一番憧れる。

 人としての能力の中で、「歌が上手い」ってのはものすごいスキルだと思うの。うらやましい。

 絵は、自分の才能のなさ及び下手くそさにメゲて筆を折って以来描いていない状態なので、例えば、森薫さんのように、例えば、荒川弘さんのように、もしくは、絵画的な絵が上手なプロの方のように、描きたいポーズをスラスラ描けるようになるなんて、本当に憧れる。

 つか、絵に関しては破滅的にセンスがないのよね、あたし。およよ。

 文章が上手くなりたいとか、小説が上手くなりたいって気持ちは実はあんまりない。

 現状に満足しているわけではなく、なんとなく分相応だなって気がして。

 そう言うと、私は歌が上手くあるべきとかディーバの価値があるって聞こえ方になりそうだけど、むろんそうじゃなくて、遠すぎるからだよー。ロシアン佐藤さんみたいな胃袋が欲しいってのと一緒だよー。

 ちなみに大食いに対してはうらやましさはない。

 元デブで大食いだった人間なもので、たくさん食べるのってお金がかかるし、少しでお腹いっぱいになるのは省エネで今の体に不満はない。確かに外食の「大人の一人前」は食べるのに苦労するから外で食べるのが嫌いだけど、嫌いならしなきゃいいんだし。

 話は戻って、文章能力やらが高くなりたいって思わないのはさ、すごく上手だと「仕事にしたい」って思いそうだし、「自分は認められるべき」って思いそうじゃん。

 そういうのは、本当に要らんのだよね。

 小説を書くことが仕事になったら良い(有体に言えば小説家になりたい)って思ったことないし、まあ、なれないし、なれない技量だから夢想もしないっていう。

 同じ理由で、認められるべき的な気持ちにもならんし、「読んでもらえたら嬉しいなぁ。うふふぅ」で終わってるあたりがちょうどいいような気がするん。

 そして、歌も小説も絵も漫画も、上手だからって大成するわけじゃないっていう不条理というか運命。

 これね、本当にそうよね。

 上手けりゃ良いってもんじゃないっていう難しさ。

 あと、たくさんの人に認められたらそれが成功なのかという価値基準。これも難しい。

 歌に関しては、私はアナ雪の第二弾日本語版主題歌とか、リトグリとか、あの女の子たちはものすんごい上手なのに、私の心には全然響いてこなくて、好きな人がいるのはもちろん、価値があると思う人のことや彼女たちをディスるつもりは全然ないんだけど、私にとっては「へぇ。上手いねぇ(ぼんやり)」だということ。

 私の感性がイカレてるってことは多いにあります。異論はない。ただ、上手いから好きってことはなくて、好き嫌いって個々人のフィーリングだから歌が上手なら認められるってこともないのよねぇ。ってことですわ。

 むしろ、賢太郎のいろいろアレな歌声は私には心底キュートに思えるし、大好き。9ミリも、初期の菅原さんのヤケクソっぽいちょっと下手な歌い方が好き(今の歌い方も好き)。

 私的「歌が上手いなぁ」って思うアーティストは、宇多田さんや椎名さんはもちろんのこと、やはり、Kくんなのであるよ。
 今は亡き、Kくん。PTPは今でも聞いているけれど、本当に上手いと思う。

 そして、Kくんがどれだけ上手いとしても、マンウィズやシャンペみたいにPTPがドカドカ売れたかと言うと、そういうわけではない(音楽性の違いとか、音楽性の違いゆえのファン層、ファンの量の問題はとりあえず目をつぶってください)。

 人の好き嫌いって何で形作られるのかね。

 小説もまた同じ。

 歌も小説も、私は少し癖のある人が好きで、「スキ」って不思議ね。

 
 誰かの「スキ」になれたらいいな、ってことは、それだけは、ほんのちょっとだけ、夢想する。

 そうだといいな。そうなったら、ものすごく幸せなことだと思うから。

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