もやもやの正体

 どれだけ「駄目だったんだ」と思っても、「いや、なんというか…いや?」と思っていた。
 私の変なカンは外れたことがなく、「これは思う通りにいったな」と感じることはその通りになるから、「あれ?うまくいくと思ったのに?」という気持ちがモヤモヤになっていた。

 「1週間で返事来るって言ってたけど、もう10日だよ!」って思っても、「急いで探そうとしてなかったから、他の人を待ってるんじゃね?」と囁く小人がいたし。
 「何の連絡も来ないような所で働くくらいなら、働かなくてもいいやい」と思っても、「Mさんも母親も今週いっぱいは待ってみろって言ってただろ」と囁く小人がいたし。

 なんというか、いつもの自分の神通力が外れたことに対する不安が大きかった。

 神通力っていうと語弊があるけれど、「ああ、あたし。やばい。何というか、カミサマに見放されたのか」と思って。

 事実、「そりゃそうだ。願う通りにすべて事が運べば苦労しない。頼むとお願いしたからといって叶えてくれるばかりじゃないだろう」と思ったら案外「仕方ない」と落ち着いた。もとより今年は運が悪いらしいじゃないか。しょうがないと。

 なので、今日、採用しますと電話が来たときも、「あ。そうか。やっぱりなのか」と思った。

 提示するスキルと、あちらが欲しているスキルはマッチしているのだし、旦那さんの言う通り、パソコンスキルのある人(と言っても私はwordをいじったり文章を書いたりできる程度だ)が短時間勤務の最低賃金で働きたいと言うかとなれば、それは少数であるかもしれなかった。

 いろいろと自分の中で否定しまくったことだけど、バイクで5分とか、旦那さんを送り出して洗濯物を干してからでも家を出られること、基本的に残業はなさそうなところなんかは魅力的だと思っていたのだ。
 あと、めっちゃ「有給使って」って言ってた(19年間働いてきて、有給なんて使ったことなかった民)。

 仕事内容はたぶん雑多で、自分のペースで片付けて行けば良いのであれば私に向いていると思う。

 ただ、採用の報告をした母からこんなことを言われた。

 「アンタは出来るからって、すぐやりすぎるから。やりすぎちゃ駄目だからね!言われたことだけやってなさい!」

 我が母親、さすがに40年以上私の親をやっているだけはある(笑)。

 とりあえず、今は収入が少しでもあれば気持ちにゆとりが持てるから良いなと思っている。別に旦那さんの給料に不満はないけれど、やはりほんの数万円でもあれば違うかなって。

 後出しじゃんけんで申し訳ないけれど、先週末、しまむ○でズボンを買ったのも仕事で履こうと思ってのことだった。
 きっと大丈夫だろうから、ジーパンNGの職場でも履ける楽なズボンを買っておいた方が良いと思ったのだ。あれ?大丈夫だと思ったのにな?と、ここ3日はモヤモヤしていた。無駄にならなくて良かった(っていうか、むっちゃ楽なズボンだから普通に履くけどね!)。

 生活に支障がないように。旦那さんに心配と迷惑をかけないように。
 Mさんは「気分転換程度に働いたらいいよ」と言ってくれた。それはとりもなおさず昨年大変お世話になったハロワのKさんに言われたことだった。

 「Oさんは真面目すぎるからさ。日々の気分転換程度の仕事をして、たまに旦那さんに職場の愚痴をこぼすくらいにした方が良いよー」

 頑張れない自分に対して嫌気もさすが、私はかつてMさんに言われた通り、イエティではなく雪山でプルプル震えるウサギなのだ。

 子供に囲まれていた19年間。

 これからはジジババに囲まれた何年間かになるだろうか。ううん。辞めたくならずに続けられたらいいな(「適当にやって嫌だったら辞めちゃいなよ」とMさんと旦那さんは同じことを言ってくれた。あの二人こそ、私のカミサマだと思う)。

 こんなダメな私でもどうにかやれてるっぽい。大好きな友達が、今、笑えていますように。

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