杳月日記

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<<   作成日時 : 2018/11/10 13:46   >>

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 某文学賞の応募作品数が4ケタと知ったら、とたんに「こりゃ無理も無理」という気になって、却ってホッとしたヘタレでございます。

 むろん、応募作品数が3ケタだろうが2ケタだろうが、無理なもんは無理で、分母が多ければ戦う相手も多いから勝率も悪くなるだろうけれど、それよりも心象として「こりゃ無理だ」と出す前からすんなり受け入れたので精神的に楽になりました(笑)。


 せきしろさんの『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』を読了しました。


 
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 東京の大学を受験すると嘘を吐いて上京し、受験することなく予備校に通うからという嘘を吐いてそのまま東京に残るという、おおよそ真似できないことをしでかしていた19歳のせきしろ青年。
 ハガキ職人となり、公開録音で仲良くなった友人のハガキ職人にネタを取られるという下りは見ていて胸が痛くなりましたが、「でも!せきしろさんのネタで1回ウケたって、その人の力じゃないから!それで認められたって、次からは自分の力で戦ってかなきゃいけないんだからボロが出るよ!」って思った。

 私の若い頃も、よくよく思い返せば先を見ないむちゃくちゃなものでした。
 でも、私の世代だと、「女の子は家事手伝い(と言う名のニート)」ってたくさんいて、幼馴染の高校の友達は7人くらいでつるんでいたけれど、3人くらいしか働いていなかったもん。そして、結婚したのは1人だけ。おお、ぶるぶる。
 
 なんだろう、人生って、なるようになるっていうか。

 友人のMさんは、「けっきょく、人生は望んだようになる」と言っていました。

 私も同感です。

 「こんなはずじゃなかった」「もっと売れていたはず」「もっと選ばれていたはず」「もっと、もっと……」って思う人も多いかもしれないけれど、やはり、所詮、「望んだようになる」ような気がします。

 そこを考えると、私は強く望んでいないから、やはり無理なのだろうなあ。

 つか、1200以上の作品(中には手書きもあり)を読む編集者さんって、むちゃくちゃ過酷じゃね?やっぱり全部は読んでないのかしらん。

 人生は思い通りにはいかない。

 それも正しい。

 でも、やはり、なるようになる。

 私としては、この鬱屈した20歳のせきしろ青年がどうやって今のせきしろさんになったのかの方が興味があります。ギラギラとあらゆることを「おもしろい」と「おもしろくない」で見てきた人が、どんな事を経てあんなに飄々とした人になったのか。

 若い子の意見に接する度、「ああ、もう少ししたら、そういうのどうでもよくなるから大丈夫だよ」と声をかけて回りたくなる時があります。
 それが若いということか。おばさんは、おばさんなりに、おばさんにしか見えないモノを文字にしていきたいと思います。

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