杳月日記

アクセスカウンタ

zoom RSS たまには立ち止まり、何もないも良し。

<<   作成日時 : 2018/03/20 11:44   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 本の備忘録です。

 『太陽と乙女』(森見登美彦・著)



太陽と乙女
新潮社
森見 登美彦
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 太陽と乙女 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル




 旦那さんが借りていたのを読ませてもらった。森見さんのいろいろが詰まったエッセイです。
 この本を読んでから、旦那さんは人知れず誰にも見せない日記をパソコンで書いているようです。
 私も、この本に感銘を受けました。
 約二年間ほど、休養していた森見さん。「森見さんも言ってたけどさ」と前置きして、旦那さんが私に教えてくれた言葉が最後の最後に載っていました。
 
 「何もなくてもいい」

 何もできなかった時期について意味を見出す、それすらもしなくていい。
 充電期間は大切だったとか後から言いたくなったり、怠ける(と自分では思い込んでしまう時間の経過)に、これは必要だったとか言いたくなるけれども、それはその時間でしかなく、「そういうもんだった」と思えばいい。特別な色を付ける必要はない。
 目からウロコで、そうだなって思いました。人生は長いようで短い。無為に過ごすことのないようにと尻に火がついて焦ってしまう自分にとって、「まあ、いいじゃん」って気持ちでいることはとても重要なのです。

 それから、小説の書き方、自分が書くときの進め方なんかもとても参考になりおもしろかったです。
 敬愛する津村記久子さんもメモ魔で、たくさんメモを取ってらっしゃるとお聞きしました(読みました)。森見さんも、メモを取りまくるタイプだそうです。
 …私…メモ…取らないんだよなー(遠い目)。

 なんか、メモに取らないと残らないようなものは使えないと思っていて。短歌でもそうなんだけど、思いついて紙に書くなり携帯に残すなりできない時があるじゃん?
 そういう時でも、アタマの片隅に残っててちゃんと覚えているものは「使える」って感じ。
 夜、寝る前に考えたことが朝になっても続きが出てくるか否か、みたいな。
 言葉が多すぎて、そうやって選別する必要があるのかもしれない。私のアタマ。
 
 やり方は人それぞれですが、ノートとか作ると設定を作りこんで満足してとん挫するという悪癖も知っておるため、やっぱり今のやり方でやるしかないのかと思ったのでした。



 『栗本薫・中島梓』(堀江あき子・編)








 私の年代では栗本さんは少し早いのですが、年の離れた姉がいたこともあって、自分的にはど真ん中です。あ、でも、JUNEの全盛期は中学生だから、ばっちりなのかしらん。
 今までの著作をまとめた本ですね。懐かしくて涙が出そうでした(笑)。

 陰気な中学生だった私は、菊池秀行さんの『魔界都市ブルース』や『魔王伝』などのシリーズに耽溺しておりましたので、栗本さんの著作はJUNEで書いていた分や、『魔界水滸伝』をちらっと齧ったりというところです。
 高校生の頃、『魔界水滸伝』の外伝である、『白銀の神話』にドボンとハマって、読んでいたこともあります。
 これは、『魔界水滸伝』に出てくる北斗多一郎という人(っていうか、八岐大蛇)が、戦国時代にタイムりープして、信長の代わりになるというお話で、ざっくり言うと、世の中にたくさんある、「現代人が信長の身代わりになるパターンのやつ」ということですが、そこは『魔界水滸伝』の外伝なので、戦国時代はクトゥルーの妖魔がうようよいる世界なのです。それでも、現代日本よりは妖魔はまだ系統立っておらず、うごうごしていて、でも、北斗さん(=信長)の目には、人外のモノと見えているん。
 その設定はとても面白いなと、当時から信長好きだった(つか、信長フェチの)私でも腑に落ちることがあって、例えば比叡山の焼き討ちなども、山にいる僧兵をはじめ、堕落した天台僧たちは、人ではないんです。人外のアヤカシだから、躊躇することなく火をつける。みたいな。
 少し前には闘病記も読みました。このブログにも感想を書いたような気がします。
 多作でパワフル。聡明で好奇心旺盛。賢く、また、とても努力家で理想の高い人であったのだなと、その功績を見て改めて尊敬の念を抱きました。
 内田康夫さんが鬼籍に入られたとニュースで見ましたが、才能あふれる優秀な作家さんがご逝去されると、生み出される作品たちもこれ以上は共に帰ってこないものと思い、残念で淋しくなります。残された著作を大切に読みついでいきたいものです。



 『大佛次郎と猫』(大佛次郎記念館・監修)



amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 大佛次郎と猫: 500匹と暮らした文豪 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル




 大佛次郎記念館でこの本をチラっと読んでファンになり、さっそく図書館で借りて読みました。
 猫好き万歳!!猫好きおじさん万歳!!
 なんか、もう、全部、いい(語彙)。猫に対する深い愛情とリスペクト。猫のすることなら仕方ないと鷹揚に構える心の広さ。猫好きの鑑であります。
 奥様とのやりとりや、お考えなんかが、町田康さんに似ていて、「町田さんの奥さんと大佛先生の奥さんが出会ったらさぞかし盛り上がるに違いない」と思いました(笑)。お二人の奥様も、ものすごぉく素敵なんです!!

 中井先生や大佛先生の文章、連なるところとすると、内田百關謳カとか、そういう、男性の固い文章というのが私は好きなようです。
 昔の、古い日本人男性なんだけど、猫にはメロメロ。というのがたまらん。

 そも、猫好きに悪人はおりません。

 先日の山手洋館めぐりの際。
 細い道ながら車が通る所へ、子猫と成猫の間くらいの小さい猫がそこを渡ろうとしていました。
 歩いていたら、旦那さんが「あ!危ない!!」と言ってアワアワしたので見たら猫がアワアワしていたのです。
 二人で猫が車に絡まれないよう渡るまでを見届け、生け垣に入って丸まっている猫に「大丈夫だった?」「危ないよ」などと話しかけたのですが、その時に、旦那さんが「車がいるときは危ないからね」「大丈夫?」と私以上に熱心に猫に話しかけ、気遣う様を見て、「この人と結婚して良かったなぁ」と思いました。
 大佛先生や町田さん、その他猫好き夫を持つ妻はかように猫好き夫に惚れ直しつつ、また、猫をより好きになっていくのでありましょうね。

 いいなー。猫。十五匹とは言わないから、ひとりでもいいから一緒に暮らしたい…。

 明日は最愛のひとのお命日です。
 三回忌となりました。早いものです。私はあの三毛柄の彼女以外のひととは生活したくはありません、という気持ちがないではないのですが、やわらかなさま、愛らしい声、ふてぶてしくも言うことを聞かない生活態度などが懐かしくてたまりません。
 尻尾が2本になって、後ろ脚で立ち上がるほど長生きしてほしかった。もう会えぬ彼女との再会だけが楽しみで、勝手に終えては彼女は会ってくれないでしょうから、今生を全うして彼女を腕にかき抱くことを夢見ています。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
たまには立ち止まり、何もないも良し。 杳月日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる